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浦和地方裁判所 昭和59年(タ)85号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人

岡村茂樹

被告

ラハノバ・R・クレイパトラ

一九四九年一二月二五日生

主文

原告と被告とを離婚する。

原告と被告との間の子・フィリピン共和国籍・ラハノバ・トモコ・コウノ(一九七七年一月六日生)の親権者を原告と定める。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  原告代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は、日本国籍を有し、被告は、フィリピン共和国籍を有する。

(二)  原告は、昭和四九年五月団体旅行でフィリピンを訪れた際、現地でガイドをしていた被告と知り合い、同五〇年六月、フィリピンにおいて、同共和国婚姻法の方式により被告と婚姻した。

(三)  その後、昭和五一年六月被告が来日し、原・被告両名は、埼玉県桶川市において共同生活を始めたが、同年八月、埼玉県北本市〇〇二丁目九一番地(以下、単に自宅という。)へ転居した。

北本市へ転居した後、被告は建材屋へ工員として勤務したものの、収入(月額一〇万円)の半分以上をパチンコ代に浪費し、原告に対し充分な生活費を渡さなかつた。このため、原告は、株式会社○○工業に経理事務員として勤務し、その収入で家計を維持する状態であつた。

(四)  原・被告間には、長女トモコ(昭和五二年一月六日生)が生まれたころから離婚の話が持ち上がつたが、被告は、「子供をやるから二〇〇万円よこせ。」と言つたかと思うと、、「離婚は絶対にしない。」などと言い出す状態で、原・被告の婚姻生活は全く破綻するに至つた。現に、原・被告間には長女出生以後、いわゆる夫婦関係はない。

(五)  原告は、勤労意欲に乏しく怠惰な生活を続ける被告との婚姻生活に見切りをつけ、いずれは離婚する決意のもとに、将来の生活に備えて昭和五八年二月、自宅前に家を借りて「ミニ○○」という居酒屋を始めたが、被告は、同店に来ては大量に飲酒し、客と喧嘩をするという始末であつた。

(六)  原告は、被告の(五)のような行状に耐えかねて離婚を決意し、昭和五八年七月三一日、フィリピン人ダーン・アモイニ、原告の兄夫婦、従兄弟の乙山二郎を交えて被告と離婚について話し合つたところ、被告は、手切金の支払を条件として離婚に応ずる意向を示した。そこで原告は、手切金の支払を約して、協議離婚届出用紙に被告の署名押印を得、同年八月一日被告に対し手切金として金七〇万円を支払つた。被告は右金員を受け取ると、自分の衣類等を焼却し、身の回り品を持つて、自宅から出て行つた。

以上のとおりであつて、原・被告間の婚姻関係は、当初から正常な夫婦共同体の体をなしておらず、また、手切金を受領して自宅を去り、その後何ら原告母子の生活の面倒をみない被告の行為は、悪意の遺棄に相当するものであり、原・被告間の婚姻関係が破綻していることは明らかであるので、原告は離婚を求め、子であるトモコについては、同女が終始日本で生育していること、被告が同女に愛情を示さず、同女が原告独りの手で育てられたこと、前記離婚届作成時にも原・被告が同女を原告において養育する旨合意したことに鑑み、養育のため適切な措置として、同女の親権者を原告と定めるよう求める。

二  被告は、適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

理由

一〈証拠〉を総合すれば原告主張の請求原因事実及び被告が北本市の自宅(共同の住所)を去つた後被告肩書の○○○精機寮内に居住していることを認めることができる。

右認定事実に基き以下のとおり判断する。

二離婚事件に関する国際的な裁判管轄権は、単一の明確な基準によるものでなく、原則として当事者(国によつては夫)の住所(ドミサイル)を基準として定めるのが、概ね世界共通の法制といえるが、多くの国々では、当事者の一方が自国民であることあるいは自国に一定期間居住する者であることを要件に自国の管轄権を認め、また、かような国でなされた離婚の効力を承認している。

ところで、原告は日本国籍を、被告はフィリピン共和国籍を有する者であるが、原告は日本に住所をもち、また、被告も昭和五一年六月以降現在に至るまで日本に居住しているのであるから、フィリピン共和国が原・被告の離婚ないし別居に関する国際裁判管轄権を有し、その権限を行使するか否かはともかくとして、我国に右離婚に関する国際裁判管轄権を認め、我国の裁判所が原・被告の身分関係につき判断することが原告の利益のため不可欠であると解するのが相当である。もつとも、フィリピン共和国法には、離婚の制度がなく、それ故同国裁判所が我国における原・被告の離婚を承認するものと断じ難いのであつて、原・被告の婚姻関係がいわゆる跛行婚となる危険は否定できないのであるが、そのことの故に我国の裁判所が原・被告の離婚に関し裁判権を行使しないことは、国際私法上の公序に反する結果を招く場合があること後述するところから明らかであるので、採り得ないところである。また、原・被告最後の共通の住所は、埼玉県北本市〇〇二丁目九一番地であり、原告は北本市に住所を有するから、右住所地を管轄する地方裁判所である当裁判所が本件につき国内裁判管轄権を有することとなる。

三本件は、日本国籍を有する原告とフィリピン共和国籍を有する被告との間の離婚事件であるから、法例一六条本文によりその原因たる事実の発生当時における夫の本国法たるフィリピン共和国法を準拠法とすべきこととなる。ところが、同国の法律は、一九五〇年七月一日以来、婚姻の解消については、婚姻の無効・取消を認めるのみで、離婚に関する法規を欠き、解釈上離婚を禁止しているものと認められ、また、日本国法の適用も認めないものと解されるので、法例二九条による反致の成立の余地もない。しかし、本件につき、右の如きフィリピン共和国法を適用して原告の離婚請求を排斥するときは、前記認定のように、すでに原告と別居状態に在つて、原告母子を全く顧みず、原告との婚姻生活を継続する意思のないことが明らかであると推認される被告のもとに、日本人として婚姻以前から日本に居住し続け、今後も日本社会において生活する意図を有すると推認される原告を、単に婚姻という名のみの絆を以つて縛りつけ、原告の幸福追求の自由を不当に奪う結果となるから、著しく正義公平の理念にもとり、公序良俗に背反するというべきである。ことに原告が国籍を有し、住所を有する日本社会においては、協議離婚が認められ―本件においても原・被告間には離婚の合意が現に成立し、協議離婚届書も作成されている―また、前記認定の事実は日本国民法七七〇条一項二号に該当し「悪意の遺棄」として裁判上の離婚原因となりうることが明白であることを慮るべきである。よつて、本件においては、法例三〇条によりフィリピン共和国法の適用を排除すべきである。よつて、原告の離婚請求は理由がある。

四次に子の親権者指定について考えるに、離婚の場合における未成年子の親権者の決定は、離婚に必然的に伴うものであるが、離婚を一つの契機として生じる新たな親子間の法律関係の問題であり、親権の帰属も監護の内容、行使の方法とともに一体不可分として考えるべきであるから法例二〇条に規定する親子関係の準拠法により処理するのが相当である。しかして、法例二〇条は、親子間の法律関係は、父の本国法によると定めているので、フィリピン共和国法によるべきところ、同国法には離婚に伴う未成年子の親権者決定に関する規定がないので、法定別居判決の際における未成年子の監護権者の指定に関する同国民法一〇六条三項の趣旨を類推して、離婚裁判所が子の利益を考慮してこれを定めるのが相当であると解する。そして、前記認定の諸事実を考慮すると、原・被告間の未成年子トモコの親権者を原告と定めるのが相当である。

五以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるので認容し、子の親権者については原告の意見のとおり定めるものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高山晨 小池信行 深見玲子)

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